考え
医療技術は進歩を続けています。それに加えて情報技術(IT)の飛躍な進化も見逃せません。
インターネットによって、患者さんが簡単に医療情報に触れることができるようになりました。
しかし、ネット上には、有益な情報もあまり好ましくな い恣意的な情報もあります。あまりに情報が溢れているために、自分が患者さんの立場ならば、何が正しいかわからなくなっ てしまします。 このような時代の流れのなかで、地域の歯科医療機関としてどのような変化をしていくべきかを考え続けてきました。
その思考の中で、3つのキーワードが浮かび上がってきました。
「情報」「専門知」、そして「価値観」です。
例えるならば、「情報」は道具で、「専門知」はそれを扱うための技術です。そして、その道具と技術をつかって何を作るのかを決めるのが「価値観」です。
すこし分かりづらい「専門知」をシンプルに説明すると、たくさんある情報の中で、「何が重要でなにがそうでもないか?」「何 ができて何ができないのか?」判断するための知といえます。あるいは、患者さんそれぞれに、どの情報が適切なのか選別する力です。
ひと昔は、「情報」も「専門知」も、歯科医師だけが持っていました。その結果、歯科医師が患者さんの「価値観」にも大きな影響を与えていたかもしれません。
「先生がそういうのだから間違いない。」
「先生に全てお任せします。」
のような感じが昔はあった気がします。
しかし、今は下記のような変化が起きているのではないでしょうか?
「情報」は、患者さんも歯科医療従事者も持っている。
「専門知」は、歯科医療従事者が持っている。
「価値観」は、患者さんが持っている。
このような前提で考えた時、僕たちと患者さんが持っている「情報」を僕たちの「専門知」をもって選別し、患者さんの「価値観」をもって方針をを決めるというプロセスを、双方が認識することが重要だと思うのです。
これからの医療では、僕らは患者さんの価値観に敬意を払うことが大前提であります。
一方で、患者さんには、「専門知」というものが存在するということを理解してもらえるような努力も欠かせないものになると考えています。
2020年、そのためにwebサイトのリニューアルを行いました。
文章の多いサイトとなりますが、ご興味のある方はぜひご覧いただければ幸いです。
以下に、当院の軸となる情報と専門知と価値観について説明したいと思います。
情報と専門知と価値観
情報
例えば、歯を失った方への「情報」として、インプラントと入れ歯のメリットデメリットを例にあげましょう。
インプラントのメリットは、他の歯に負担をかけずに済むこと、取り外しの手間がないことなどです。一方で、デメリットはオペが必要なこと、長期的なケアの問題などが挙げられます。
入れ歯の場合は、歯を大きく削らなくても良いことがメリットであり、一方で、取外しの手間、見た目の問題、違和感などがデメリットであります。
上記のような比較は、「情報」です。
これを読むときに、気になるのは「正しいのか間違っているのか?」だと思います。
上記のインプラントのメリットデメリットは「情報」としては正しいと思います。
ただ、ここから患者さん自身に適応するためには、「専門知」と「価値観」のフィルターを通さねばなりません。
専門知
上記の例で、インプラントも入れ歯もメリットとデメリットがあることがわかりました。ただ、これだけでは、自分に適応すべきかどうかわかりません。
ここで、「専門知」の出番です。
このときに使う「専門知」とはどういうことでしょう。
僕は、大きく分けて2つあると考えています。
① 個別性に対する知
② 複雑性に対する知
です。それぞれについて簡単に解説します。
① 個別性に対する知
まずは、患者さんの個別性を判断しなければなりません。それぞれの患者さんの残っている歯がどのような状態か、噛む力がどうなのか、などなどを踏まえて、メリットデメリットの重みづけをします。
② 複雑性に対する知
論理的に考えれば、個別性も複雑性に含まれる気もしますが、ここでは個別性を除いた複雑性とします。人の体のことで、我々がわかっていることなど1%もありません。つまり、解っていない99%以上の事柄を踏まえて考えなければらないのです。ここは、専門家でも様々な見解があると思いますが、「見えていないことをどのようにして見ていくか」というのは、臨床家としてとても重要な力なのではないかと考えています。
少しわかりにくいですね。
違う視点で、「専門知」を表現してみましょう。
「情報」との比較で「専門知」をみていくのはどうでしょうか。
情報というのは、基本的に部分の「切り取り」です。
例えば、僕が自己紹介をするときに、
「札幌市出身で、北海道大学歯学部に入り歯科医師になりました。」
としたとします。
これだけで、私の全てを表しているわけではありません。
その部分を切り取って表現したものに過ぎません。
ここに、「3浪して北大歯学部に入っています。」というのが入れば、かなりイメージが変わるのではないでしょうか。
そこには、元々「小児科の医師を目指していたものの、センター試験の数学が苦手すぎて、大学に何度も入学を拒否された。」というストーリーもあります。
これ以上書くと色々バレそうなのでこのあたりにしておきます。
何が言いたいかと言えば、情報というのは、結局「切り取り」だということでした。「切り取り」というのは、元々もっと複雑だったものを単純に表現することです。
つまり、「情報」というのは、伝えるために「単純化」されたものなのです。
一方で、「専門知」というのは単純化された情報を、それぞれの患者さん、そして複雑な生体にどのように適応するか?というところにあります。
単純なものを、複雑に組み立て直すのが「専門知」と言っても良いでしょうか。
価値観
価値観は、そのまま患者さんそれぞれの価値観です。
例えば、車を買うときに、サンルーフをつけるかつけないか? これは買う方の価値観で決めますよね。当たり前です。
一方で、シートベルトは、どうでしょうか?付けないというのはありえません。
医療における選択で困るのは、
「何がサンルーフで、何がシートベルトなのか?」
患者さんがわからないというところにあると思います。
僕は、この辺りを明確にすることはとても重要なことだと思うのです。
僕は、歯科医院が過剰になると、「サンルーフのシートベルト化」が起きる可能性があるなあなどと思っています。
言い方を変えると、患者さんの価値観に歯科医師がどれだけ介入するのか?という線引きに対し、医療における競争が何らかの影響力を与えているのではないかという懸念を持っています。
ここは、医院経営者としても常に自問自答し続けている部分でもあります。
医療の不確実性
時折、「先生のご専門は?」と聞かれることがあります。
本当は、「医療の不確実性が専門です。」と言いたいところなのですが、ちょっと変な人だと思われるので、笑ってごまかします。
「医療の不確実性」というのは、常に存在するにもかかわらず、あまりそれ自体を考察されることはないようです。
患者さんには伝わりづらいとは思いますが、
ーー「いつも完璧に治る」などということはありえないーーー
ということです。
今までは(今も)、「医療の不確実性」に対する努力がされていますが、技術の進歩によって「確実性を上げる」こととほぼイコールで捕らえられいるように思えます。
僕はそこに疑問があります。
今日も日々行われている臨床は、現在の技術によって行われています。つまり、不確実性があるままに治療を施さなければならないという現実があるわけです。
よって、医療技術の進歩、すなわち「確実性を上げる」ということは、「医療の不確実性」への対応の一つにすぎないということになります。
ここは重要なポイントになります。
歯科医療における不確実性を具体的に考えてみましょう。
歯科治療は完全に元の状態に戻すものではありません。言い換えれば、 治療後も、常に再発のリスクを秘めていると言えます。 例えば、被せ物の中が虫歯になるということを、多くの方が経験されていると思います。これは、歯にセメントで付けられた人工材料が毎日のように噛む力や熱にさらされているのですから、当然起こりうることです。家の外壁が劣化するのと同じです。
これが、私たちが向き合っていかなければいけない歯科治療の現実の一つでもあります。
しかし、近年の医療技術の発達によって、新しい技術への過信が生まれ、本質を直視しない傾向が強くなってきている気がしています。さらに、歯科医院過剰による競争の激化がそれに拍車をかけているかもしれません。
どんな神の手を持つ先生が治療したとしても、どんな最新の医療技術を適応しても、患者さんの長い人生のうちに問題が起きることが多々あります。 これは、ほぼすべてのの歯科医師が認識していることだと思います。
にもかかわらず、医療広告だけ見ていると、そんなことは全く伝わってきません。素晴らしいものだらけです。
このことは、現在の歯科医療の大きな問題点の一つだと捉えています。
そして、平均寿命の伸びを考えると『人生が長い→問題起きる可能性が高くなる』と考えられます。
その限界を認識しながらも、『生涯にわたる口腔の健康』を提供出来なければ、私たちが存在する意味がありません。
このことに向き合った時、私たちは、従来型の歯科医院の形態から進化 していかなければならないことに気がつきます。
私はまず、患者さんと歯科医療は不確実性を伴うという認識を共有すること、そして、その中で私たちがどのように『生涯にわたる口腔の健康を提供していくか』という方針を明確にし、患者さんの同意を得ることが、治療をさせて頂く大前提であろうと考えます。
この考えは、患者さんに伝わりづらいことは承知してますが、これこそが今の歯科医療に足りないことであり、超高齢社会を迎え私たちの世代が真剣に考えていかなければならない課題であると強く思うのです。
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